紅い華




 『彼女』を最初に見たのは退屈な午後の授業のことだった。俺は机に頬杖をついて教室の窓からグラウンドを見ていた。秋雨は先週から降り続き、小休止を挟みながらもここの所ずっと上がる気配がない。空も街も灰色に覆われ、グラウンドは一面水浸しでひどい有様だった。高校三年の十月ともなればもすっかり周囲は受験モードへと入っている。そんな中で進学組みにもかかわらず俺は勉強に集中出来ずにいた。 世界はすべて灰色。何の感慨もなく過ぎていく日々。俺はこのモノクロの世界に飲み込まれていくはずだった。…彼女に出会うまでは… 灰色の世界に紅い華が咲いた。その華だけが鮮烈なカラーだった。雨が鬱々と降り続きぬかるんだ窓の外のグラウンドに俺は確かに紅い華を見た。

 目をこすりよくよく見ればそれは一人の少女だった。時代錯誤に紅い着物を着た黒髪の少女が冷たい雨もぬかるんだ地面をも気にもせず楽しそうにグラウンドをはしゃぎ、走り回っていた。 俺は自分の目が信じられず何度も目をこすったがその紅い少女は消えることはない。歳は十三、四と言ったところだろうか。紅い着物に黒いおかっぱが映え、歳に似合わずひどく美しい。俺はその少女から眼を離すことが出来なかった。やがて少女はゆっくりと顔を上げる。まるで最初から俺が見ていた事がわかっていたように俺と眼を合わせると妖しく微笑んだ。

「っ!」

 ガタ

 俺はその妖艶な微笑に寒気を感じ、思わず立ち上がった。席を立った物音に驚いてクラス中の視線が俺に集中する。
「どうした坂下」
 俺―坂下秋彦(さかしたあきひこ)の異変に担任が怪訝そうに質問した。
「す、すみません。なんでもありません」
 俺は適当にごまかし、再び椅子に腰を降ろす。教室は俺に興味をなくし再び退屈な授業が始まった。
 外を見て見ると既に少女はいなかった。雨だけが振り続いていた。

◇◆◇


「帰って寝たほうがいいんじゃない?最近疲れてるみたいだしさ」
 これがこの話を友人に相談した時の第一声だった。
「あんまりじゃないか?全く信じてくれないってのかよ」
 俺は生物室の机に腰をかけながら親友―中村章太にオーバーなアクションで抗議する。
 俺と章太は生物部で放課後はよく生物室でだべっている。すでに三年は引退しているのだが、やはり生物室は居心地がいい。他のやつらは標本が苦手らしいが、慣れれば静かでいいところだ。
「だいたいそんなのホラ話以外の何でもないだろ。雨の中着物の女の子が高校の校庭に現れて消えるなんて。僕を恐がらせようとしたってそうはいかないよ」ずれた眼鏡を直しつつ章太はぷいっとそっぽを向く。
「今回に限っては嘘ついてるわけじゃないんだがなぁ。章太を恐がらせるつもりならもっとうまくやるぜ」
「狼少年って話、知ってる?」
「へいへい」今回ばかりは日頃の行いが裏目に出ちまったようだ。自業自得だが。
「でも本当に居たんだぜ、紅い着物の女の子。眼も合ったし…」
「そりゃ彼岸花の精じゃないのか?」
 背後から声がした。振り返って見れば入り口に大きなダンボールを持った白衣の男が立っていた。
「なんだ、渡会センセか」渡会(わたらい)誠司(せいじ)、三十歳。生物担当で生物部の顧問でもある。
「なんだじゃないだろ、失礼なやつだな。それよりも…おっと、ちょっとこれ持ってくれないか」
「はいはい」
 よろけそうになっている渡会先生からダンボールを受け取り教卓のそばに降ろした。
「二年生の使う教材が届いてね。持ってきたとこなんだ…ってなんだ、居るのは三年だけか」
 部員は一、二年も居るのだが、どうやらさっさと帰ったらしい。
「一、二年生はやる気はないわ、引退したはずの三年生は受験勉強もせず居座っているわ、どうなってるんだこの部活は」
 はぁと大きくため息をつく。
「それよりも先生、彼岸花がどうとかって言ってましたけどどういうことですか?」
 章太がうまく話を戻したくれた。そう、俺も言おうとしたのだがさっきの言葉は気になっていた。
「紅い着物の女の子を見たんだろ?そりゃ彼岸花の精だよ。お前ら知らないのか?この学校で有名な話だぞ」
「知ってる?秋彦」
「いや、聞いたことないな」
 彼岸花の精?この学校にも怪談の一つや二つは聞いたことあるがそんな話は聞いたことない。
「なんだ本当に知らないのか。グラウンドにある倉庫の裏に彼岸花の群生地があるだろ。あそこに出るらしいぞ。……紅い着物を着た幽霊がな」さもおどろおどろしく渡会センセは両手の手首をぶらぶらさせるが、ちっとも怖そうには思えなかった。
「へー」夏休みに生物部恒例の植物の分布調査をしたから倉庫裏の彼岸花の群生地は知っている。人のあまり行かないところだから咲いているところは見た事がない。
「なんだあんまり驚かないんだな」渡会センセはがっかりした様子だった。
 でも、彼岸花の精という話自体は悪くなかった。高校のグラウンドに着物の少女が紛れ込むなんてこと論理的に説明しようとするほうが難しい。オカルトとはいえちゃんとオチがついてくれたほうがすっきりする。
「でも、その案で納得しておくよ。他に説明がつかないからね」
 そういう類の話は割りと嫌いじゃない。
「じゃあ帰るよセンセ。帰りにさっそく彼岸花見てく」
生物部に入ってた俺は御多分に漏れず植物はけっこう好きだ。彼岸花の群生地なら今頃の季節綺麗に咲いているはずだ。幽霊に会えるというなら余計に行ってみたい。なんだかその気になってきた。
「ま、待ってよ」章太もかばんを持ってあわててついて来る。
「待て、坂下」ふと、渡会センセに呼びとめられた。
「悪いこと言わん、やめといとほうがいいぞ」意外なことにさっきまでのりのりだった渡会センセはそう忠告した。
「大丈夫、大丈夫」俺はもうその手にはのらないとひらひらと後ろ手を降りながら教室を出ようとした。
「坂下!」今度は思わぬ大きな声に思わずびくっとする。
「な、なんだよセンセ」
「…いや、その…なんだ、彼岸花には毒があるからな、気をつけろよ」
「あ、ああ」
 なんだか渡会の様子はおかしかったが気にせず俺たちは生物室を後にした。

◇◆◇


「ぼ、僕はこのまま帰るよ」
 下駄箱を出ると、そんな時章太は急にそう言い出した。傘を差そうとしたが雨は上がっていた。
「あん?彼岸花見ないのか?まさか怖くなったとか?」
「ち、違うけど」嘘だ。こいつはそう言えばこの手の怪談は苦手だった。俺だけじゃなく渡会まで冗談半分で幽霊なんて言い出したもんだから本気にしてしまったのだろう。
「…まあいいや。さっさと帰れば?」
 いつもなら無理やりでも章太をつき合わせるんだが、今日は自分でもわかるほど俺は変だった。
「え!?」
 章太もこの展開は予想してなかったらしい。いつもの展開ならそう簡単に帰してもらえるわけないとこいつなりに思ってたんだろう。
「だから帰っていいって言ってるんだよ。帰りたいんだろ?」
「う、うん。…それじゃあ」
 章太は首をかしげながらも帰っていった。
「…これでよし…と」邪魔者は居なくなった。
 俺は章太が校門を出て行くのを見送ってから、ぬかるんだ地面をゆっくりとグラウンドへ向けて歩き出した。

◇◆◇


 俺は妙に冷静で、そしてどこかおかしかった。俺は倉庫裏に行くのに章太を邪魔だと思ったのだ。その理由は俺にさえよく理解できてなかった。
 時間は既に六時を回っていて、雨のせいもあってすっかり暗くなっていた。
 俺は歩きながらなぜ章太を帰したのか自問した。いつもなら無理にでも俺は章太を連れまわしていたはずだ。嫌がる章太を肝試しにも連れて行ったことが何度もあると言うのに…
 そして俺は思い当たった。俺は章太に少女を見せたくなかったのだ。俺は紅い少女と目が合ったときのことを思い出してぞくりとした。美しさと冷たさを併せ持った漆黒の瞳を見た時に思ったのだ『この女を独り占めしたい』と。ばかな、俺はいつからそんな変質者になったのだろうか。いくら綺麗と言っても十三、四の少女に対してそんな感情を描いているとは思いたくない。
 そう考えながらも俺はグラウンドに着き、自分の足は確実に倉庫へ向かっている。そこでもう一つおかしなことに気づいた。いつの間にか自分の目的が彼岸花を見に行くことから紅い少女に会うことにすり替わっているのだ。紅い少女なんて自分の見間違いかもしれない。幽霊だとしても彼岸花の群生地に都合よくこれから出てくるとは思えない。…そんなことはわかっているつもりなのに胸の高鳴りが止まらない。あそこに行けば彼女に会える―俺は理屈ではなく直感で確信しているのだった。

◇◆◇


 ついに倉庫の前に着いた。トタンで出来た古びた倉庫だった。噂では取り壊し予定にあったものの教師の中で強い反対が出て取りやめになったとか。倉庫の裏には小さな空き地が広がっているはずだ。夏の調査では青草が茂るだけだったがこの時期彼岸花が咲いているはずだ。俺は誘われるようにふらふらと裏に回りこみ、ゆっくりとトタンの壁の角から奥を覗いた。
 そこには『紅』が確かにあった。薄闇の中でもはっきりとわかる紅い紅い華。花の中で彼岸花ほど紅い華は無い。その紅は血をイメージさせ、その花弁は燃え盛る炎の様にも見える。なるほど、死人花、地獄花、幽霊花、墓花…そうした彼岸花の俗称は数々あるがぴたりとはまる妖しさがある。
 周囲を見渡してみたが紅い着物の少女は居ないようだった。俺はほっとしていた。やはり幽霊なんてそんなに簡単に会えるもんじゃないのさ。そう納得し、ありきたりなオチだと結論付け、さて帰ろうかと回れ右した時だった。
「なんだ帰っちゃうの?」
「っ!?」
 幼い少女の声。俺は彼岸花の方へ振り返ろうとして…
「ちょっと休んでいきましょ」
 眩暈を起こし、くらりとする。意識を失う寸前紅色が目に染み付いた。

◇◆◇


 意識が覚醒する。頭がぼんやりとして自分がどういう状況にあるのか理解できない。自分は寝ているようだが、なんだか頭の下にやわらかい感触がある。
「あ、起きた」
 上から声がした。うっすらと目を開ける。そこに俺を覗きこむ少女の顔があった。
「ん!?」
 ガン あわてて起きたものだから少女の鼻と俺の額が当たってしまった。
「痛っ」
「いてっ」
「だ、大丈夫?」俺は体を起こしあわてて少女のそばへ寄る。少女は鼻を押さえていた。
「うん、もう大丈夫。…びっくりした。急に起き上がるんだもん」
 どうやら俺はこの少女に膝枕をされていたらしい。
 顔を上げた少女の顔には見覚えがあった。脳裏に焼きついてしまっているのだ、忘れるはずが無い。昼間見たあの紅い着物を着た少女。
「君は…昼にグラウンドにいた…」
「そうだよ。またあったね、お兄ちゃん。名前は?」
「…秋彦、坂下秋彦」
「わたしは沙羅」
「沙羅…」
 なんだかまだ夢を見ているようだった。これは夢なのだろうか。それも極上の悪夢か。だが昼間の紅い少女は確かにそこにいる。
「ねぇ秋彦ちゃん、遊ぼうよ」
 沙羅は俺の袖をひっぱり催促する。子供らしい無邪気な笑顔が愛らしい。
「え、でも」
 …今何時なんだろう。どれくらい…眠っていた?この少女は…どこから…何…者?
 頭痛がする。頭がぼんやりとする。
 …だめだ。何も考えられない。この状況はどこかおかしいのに何がおかしいのか理解できない。
 …めんどうくさくなって俺は考えるのをやめた。
「いいよ、何して遊ぼうか」
「んーとね、わたし秋彦ちゃんの学校の中、見てみたい!」
「わかった。じゃあ行こうか」
 俺は沙羅の小さな手を握り校舎へ向かった。

◇◆◇


 校舎の戸締りは一切されていないようだった。俺は何の疑問もなく沙羅と校舎を巡る。教室を上から回り、隣の体育館にもいった。 夜の教室の中でかけ回る沙羅の姿はまるで真紅の蝶が飛び回るように幻想的で俺は見惚れていた。
 生物、化学、物理室のある特別棟を案内して回り俺たちは最初の棟の教室で休むことにした。
「あー楽しかった。秋彦ちゃんたちはいつもここにいるんだよね。いいなー」
 沙羅は高校生用の大きな椅子にすわり足をぶらぶらさせている。俺は壁に寄りかかって床に座っていた。
「楽しい事ばかりじゃないけどね」
「へーそうなんだ」
「生きてるのが嫌になる」
 受験一色、それを乗り切っても未来も灰色。何もこの先いいことなんか無い。
「かわいそう」
 ふわっと目の前が暗くなる。
 沙羅が俺の頭を胸に抱きしめているのだ。
「かわいそうな秋彦ちゃん」
 腕を放した沙羅は俺の顔を悲しそうに覗きこんでいた。
 俺はあいかわらず夢心地のままでいた。覗きこむ沙羅の顔は少女のあどけなさを残しながらも美しい。
 ゆっくりと目を閉じた沙羅の顔が俺の視界をふさいでいく。
「ん」
 唇がふさがってからようやく俺は事態を理解した。しかし、沙羅を拒めない。沙羅の舌がおずおずと俺の口の中に進入する。
…甘い甘い蜜の味がする。くらり、また眩暈がする。唇が離れる。
「もう大丈夫だよ秋彦ちゃん。もうつらいことなんかないよ」
 ああ、その微笑だ。昼間目があった時と同じ。美しさと冷たさと妖しさを含んだ微笑。そこにさっきまでの無邪気な少女の姿は無かった。
「あ、ああ」
 何も考えられない。何も考えられない。何も考えられない。
 沙羅がゆっくりと俺の上に覆いかぶさる。何の抵抗も出来ずに俺は押し倒される。沙羅の細い指が俺の胸を撫で上げていく。
「ずっと…ずっと一緒よ、秋彦ちゃん」
 沙羅の顔が再び俺の視界を埋めていく。
 …それで終わるはずだった。
「待ってくれ!沙羅!」
 ガラリ 突然教室の引き戸が開かれた。
 沙羅は俺への行為を止め顔を上げる
 そこに立っていたのは白衣の男。渡会先生だった。走って来たのか肩で息をしている。
「ひさしぶりね、誠司ちゃん」
 沙羅はにっこりと微笑み、立ち上がる。俺もつられるようによろよろと立ち上がる。
「はは…はははは…ようやく会えた!ずいぶん待ったよ」俺は意識は朦朧としていたが、渡会が正気でないことはなんとなくわかった。
「あの時は邪魔が入った、だけど今度こそ俺を…!」
「ふふふ、だめな子ね、わたしは秋彦ちゃんにするつもりだったのに今度はあなたが邪魔するなんてね。」
「お願いだ!俺じゃだめなのか?俺はあれから十年以上も待ったんだ。もう我慢できない!お願いだ!俺を!俺を選んでくれ!」
「わかったわ…しょうがない人ね、誠司ちゃん…今回はあなたにするわ。…あの時の『続き』をしましょ」
 そう言うと沙羅は朦朧とする俺に近寄り背伸びしてキスをした。
「あなたはとっておくわ」
 ドサ 自分自身が倒れる音がした。
「待っててね」
 意識が闇に落ちる中、確かにそう聞いた。それが俺の最後の記憶だった。

◇◆◇


 翌朝俺は教室で眠っているところを発見され、担任にこっぴどくしかられた。俺一人で眠りこけていたらしい。何をしていたか問 い詰められたが正直に話すわけにもいかなかった。頭もまともに働いちゃいなかったのでうまく受け応えも出来ず、飲酒を疑われたがアルコールの臭いもせず容器も見つからなかったため不問となった。
 それよりもまじめな渡会先生が遅刻したことが職員室の話題になっていた。

 …結局渡会が学校に来ることは二度となかった。

◇◆◇


「あれから彼岸花についていろいろ調べてみたんだけどさ、けっこう面白いことがわかったよ。…って聞いてる?」
「え、ああ」
 あれから何週間かたった。ここはいつもの生物室。相変わらず一、二年生はくる気配がない。顧問がいなくなったことでサボり放題ってわけだ。
 渡会は行方不明とされ一時期大騒ぎとなったが三年生の受験も近いこともあってうやむやになっていた。
「最近秋彦おかしいよ?なんだかずっとぼんやりしてるし」
「いや、大丈夫だ。で、何がわかったんだ?」
「うん。えっとね、彼岸花に毒があるって話。あれは本当だね。全体に神経毒を含んでいて特に球根にはリコリスっていうアルカロイド系の毒があって人間でも死に至る事があるらしいよ」
 なるほど、その名の通りの死人花か。彼女にふさわしい。
「彼岸花が球根で増えることは知ってるよね?」
「ああ、これでも生物部のはしくれだからな」
「じゃあこれは知ってる?彼岸花は雌花しかないんだ」
「雌花しかない?」
 雌雄異株の植物があることは知っているが雌花しかない…?
「もともと原産は中国でそっちには雄花もあるらしいけどね。日本には雄花は育たなかったらしいよ。」誇らしげに話す章太。
「…そうか」
「なんだよ。もっと驚いてくれたっていいじゃないか」
 章太は不服そうに膨れているが、俺はその報告に納得していた。
 雌花しかない花。ならば長い時を経て彼女たちが男を求めたって不思議はない。
 あれから俺も調べてみた。渡会誠司はこの学校の出身だった。おそらく十数年前、彼もまた彼岸花の少女にあったのだろう。その時は彼女と一つになる前に何らかの理由で失敗した。彼は彼女に未練が残り教師となってまで再びこの学校に戻ってきた。彼女に再び会うために。おそらく渡会はずっとあの彼岸花の群生地を守ってきたに違いない。倉庫の取り壊しに反対してまで…。
そしてようやく待ち望んだ日がやってきた。長い時を経て再び彼岸花の少女は現世に現れた。
…そして永遠に(・・・)一つになった。
「あいつの望はとうとう叶ったわけだ」
「え?なんか言った?」
「…いや、なんでもない。独り言」
「そう。話は変わるけどさ、秋彦進路希望決めた?」
「ん、ああ、決めたよ。S大の教育学部にする」
「秋彦が先生?似合わないなー」
「ほっとけ」

 おそらく俺はこの学校に帰って来ることになるだろう。
 渡会も帰って来る日を恋焦がれたにちがいない。今の俺にはいたいほどわかった。
網膜に焼きついて離れない『紅』。つややかな黒髪。透き通るように白い肌。触れた柔らかな肢体。今も脳を蝕むあの甘い蜜の味……
『マッテテネ』
 彼女は俺を捕らえて離さない。
 俺は何年でも待つんだろう、あの紅い少女を。

<END>