プロローグ
「当主様!おやめください!もう…止めて…」
ビシッ ビシッ ビシッ
闇の中、女の悲鳴にも似た声と、規則正しい鋭い音が響く。
――ああ、これは僕の記憶だ。僕が覚えている中で最も古い記憶。
…音が止んだ
はぁ はぁ はぁ
男の荒い息遣いが代わって響く。
体のあちこちが痛む。
頭を触ったらぬるっと何か手に付いた。
それは血だ。暗いこの土蔵の中ではその色は見えない。ただ感触だけの生の証。
僕はこの部屋で過ごす事が多かったように思う。『本家』にいた頃の記憶はこの部屋しかない。
薄暗いこの部屋には窓は通風口があるだけだ。そこから差し込む光がこの部屋の唯一の光源だ
暗闇の中に男の姿が浮かび上がる。部屋に響く息遣いの主だ。男は肩で息をしている。
「お父様」ボクは立っている人に呼びかけた。
男の目がぎろりと僕を睨みつける。
再び男が振り上げる。手には竹でできた鞭のような物。
僕は再び痛みを覚悟する、ぎゅっと力をいれて体を硬くする。
…しかし、痛みは訪れなかった。
ボクはゆっくりと顔を上げる。
男に先ほどの女がしがみついていた。男の腕を必死に抑えている。
「…お願いです。それ以上はご子息の命に関わります」
男は興が冷めたのか腕をおろした。
そして高らかに笑った。そう、壊れたように顔を歪めて…。
「はっはっはっは……この者が私の息子?…くくく…」そして、ふと真顔に戻る。
「冗談じゃない、こんな出来損ないが私の息子だと言うのか。こんな出来損ないに本家塚上を継がせると言うのか!」怒気を荒げ、女を罵倒する。
「当主様、しかし志狼様はご長男です」
「壮介がいるではないか。…こんな者は塚上にはいらん。…お前など…ふふふ…ふはははははは…そうだな。そうするとしよう」
笑いながら男は心底嬉しそうに部屋を出て行った。
――僕が本家にいた頃、僕が塚上志狼だった頃の記憶はこれだけだ。
ああ、消えていく。
夢に終わりが訪れる。