美咲 彩夏(V)
信じられない事ばかりが起きる。夢だろうか、映画の撮影だろうかこんなこと現実であって欲しくない。
嫌な予感がして駆けつけた神社では、私の常識なんか完全に無視した出来事が繰り広げられていた。
あの運動音痴の志狼がアクション映画さながらの動きで敵らしき男と戦い、火やら雷やら打ち合う。
その上、男は私に向かって炎の蛇を放ってきたのだ。遊園地の3Dアトラクションなんか目じゃない怖さだった。
迫り来る熱風を浴びても現実だとは思えなかった。
奇想天外のオンパレード。でも、私の中でそれは否定できない現実に変わりつつあった。
いつも何かを隠し、悩んでいた志狼。本人は隠しとおしているつもりだったんだろうけど、私にはいつも辛そうに見えていた。
苦しそうに立つ志狼。男を睨みつけている。いつも硬く巻かれていた包帯はがとかれてゆく、そこには遠く離れた私からも分かる白い犬の刺青。
彼が隠しつづけていたもの。
何も無い空間から白い犬がふわりと現れる。もう驚く事は無かった。驚くなと自分の胸に言い聞かせた。志狼がずっと独りで背負いつづけてきた秘密。それをあいつは私を守るために何もかもさらそうとしている。目をそらしたくなかった。
さっきだって志狼の連れていた黒い犬が助けてくれなければ私は黒焦げだっただろう。
倒れ、苦しそうに息をしている大きな犬に歩み寄る。漆黒の体に火傷で朱がにじんでいる。胸が激しい呼吸で上下にゆれる。私はそっと体に触れた。
すると…
「彩夏殿、お怪我は無いか?」喋った。
犬が突然顔を上げ、言葉を話したのだ。
「ええ、ありがとう。あなたのおかげよ」だが私はすぐさま返す。もう驚く感覚が麻痺しつつあるんだろう。
今度は犬の方が面食らったようだ。
「これだけ酷い目にあったんだから、もう犬が喋った所で驚く事じゃないね。」そう言ってにこりと笑ってやった。もちろんやけくそだ。
犬はちょっと驚いたようだが…
「強いお方だ」にっと笑った。犬が笑うとこなんかはじめて見た。
「彩夏殿…我が名は黒羽。あの化け物は我が主が倒してくれる。しばしお持ちくだされ」