白羽
何も無い結界の中でわたくし達はずっとずっと待っていた。わたくし達の主となる人を。
わたくし達は巽 九十九(たつみ つくも)とか言う変人に作られた。
こいつは興味本位で最高位の式としてわたくしと黒羽を作ったものの、制御できないと分かると、すぐに興味を失ってわたくし達を結界に閉じ込めてしまった。
それから何人もの塚上の者がわたくし達を式として従えようと挑んできた。
…もちろん、わたくし達は皆返り討ちにしてやった。わたくしを従えるならばそれ相応の殿方でなくては。常々わたくしはそう思っていた。
そのうちわたくし達は呼び出されることもなくなって、とうとう諦めたとおもいましたわ。
でも、わたくしはその日ついに出会った。シローちゃんに。
その日やってき久しぶりの主候補はいつもと違って随分と小さかった。
巽に連れてこられてからも私たちの事には目もくれず、部屋の隅にうずくまってべそをかくばかり。
さすがにいつものように追い返す事も出来なくて、私も黒羽も困惑していた。巽はいったい何を考えてこんな子供を凶暴な式神(自画自賛ですわ)のいるところに放り込んだのだろうか。
「おい、白羽、この子供、ただものではないぞ。」
巽の思惑も黒羽の言おうとしている事はすぐに分かった。その少年は今までに来たどの塚上の者よりも妖力が強かった。それこそ異常とも言える強さ。
「どうして泣いてるんですの?」わたくしは、気付いたら話し掛けていた。
「ぐす…お父様がね、…お家を出てけって、もう『お父様』って呼んじゃいけないって、うちの子じゃないって…」
話はぐちゃぐちゃでも、この子が巽から聞いていた塚上の当主の息子だということはなんとなく察した。
そして、そのときいった一言は今でも覚えている。
「ボクがデキソコナイだからお父様は嫌いになっちゃたんだ。ボクがいけないんだ」
近くで見て気付きましたわ、体中にできた痛々しいあざや傷。この子が本家でどういう扱いを受けてきたかは一目瞭然だった。ずっとずっとこの子は耐え抜いてきた。愛された事などないというのに…
それでも……それでもこの子はあの当主を慕ってる。悪いのは自分だと責めつづけている。この子は…優しすぎる。
きっと塚上の奴らはこの子を利用しつづけるだろう、愛する事など無く。この子はずっと自分を責めつづけるだろう、憎む事のできる子じゃない。
…ならば、この子を誰が愛するんだろう。
わたくしはそう思ってしまった。次の瞬間わたくしは人の姿となってシローちゃんを力いっぱい抱きしめていた。
「お名前は?」
「…志狼」
それが始まり。
わたくしはこの時誓いましたシローちゃんを守り続けると。たとえ何があっても生涯仕えると。
この人は…優し過ぎるから。