乾 志狼(V)


「炎槍!」放った空中の符は炎となり細長い槍の形となって化け狐に襲い掛かる。
「くっ…」体中の火傷が痛む。眩暈を感じ、倒れそうになるのをかろうじて踏みとどまる。限界は近い…自分の貧弱な体にどうしようもない憤りを感じる。符術も打てるのは後一回といった所か。
「ヒィッヒィッヒィ…甘いよ」
 渾身の符術のつもりだったが、またも化け狐の鞭のような鬼火に阻まれる。
だが、「ふっ」思わず笑いがこぼれる。…これも予想の範囲なのだ。
「なにを…」僕の笑みが意外だったのだろう。さしもの化け狐も面食らったようだ。
「白羽!」
「甘いのはそちらですわ。」側面には既に白羽が回り込んでいる。
 白羽の得意技、冷気による氷柱の刃。一本や二本ではない、その数、数十!もはや壁とも見える密度だ。避けられるはずが無い…!
 しかし…
「ばかメ…」
 ひゅん
「!?」「そんな!?」
 やつは鬼火の鞭を軽く振りまわす、ただそれだけ。それだけで絶対零度の凶悪な壁は蒸発し、霧と化した。
 境内を白い絶望の霧が包む。
 しかし、そんなことより…
「白羽ーー!!」呆然としている白羽。その後ろには…
「捕まえちゃっタ」
化け狐の腕が白羽の首を掴み上げる。
「あっあぁぁ」苦しそうに悶える。やつはそれを見ていやらしくニヤリと笑った。
ぎりぎりと、時間をかけ爪をぎりぎりと首に食い込ませていく。少しでも苦しみが続くように。
いかに苦しもうと、たとえ首を引きちぎられようと式神は消滅しない限りその命は主人とともにある。
しかし白羽の苦しむ声など耐えられない。
「ぐっがああぁぁぁぁ」声にならない。首に食い込んだ爪からとめどなく血が流れ、銀の毛並みを深紅に染めていく。
 だから…。
 やつはもう、手に入れた白羽というおもちゃに夢中だった。そうでなければ僕の気配になんかとっくに気づいていただろう。
 だからもう遅い。
「これで…終わりだ!」黒羽も、白羽も、そして彩夏ちゃんまで傷つけたやつを、僕はこの一撃を持って滅ぼす!
「我が目前たる愚かなる者に天の裁きを!」符も、力もこれで本当に最後。もう後は無い。僕の全てを込めて…やつの体に符を貼り付けた…
「神雷!」
  空が光に満ちる。
  天から白き柱が降り注ぐ。
  奴が光に包まれる。
 瞬間、僕の体は、紙切れのように吹き飛ばされる。遅れて怒号が響き渡る。
 そして…静寂が訪れた。
 かろうじてふらふらと立ち上がる。術の反動ですいぶんと吹っ飛ばされたようだ。周囲にはもうもうと煙が立ち込め、化け狐の姿は見えない。代わりに離れた所に放り出され、動かなくなった白羽の体がかすかに見える。
「はぁ…はぁ…はぁ……やった…」完全に…消し飛んだはずだ。これでだめだというのなら…
「何が…やったっテ?」不意に、すぐ後ろから囁くような声がした。
「がは!?」ナンダロウ。口から喉に熱い物がこみ上げ、僕はなす術も無く吐瀉する。紅い。
 真っ赤だ。ナンデ。
「さすがに効いたヨ。今のはサ」耳元に囁く声はやまない。
力ガ入ラナイ。
    胸ガ熱イ。
    視線ヲ落トスト、
    胸ニ真ッ赤ナ華ガ咲イテイタ。
    手ダ。胸カラ腕ガ生エテイル。
    貫カレテ…


 僕は…せめて最後は彩夏ちゃんを見ようとしたんだ。
 でも、目がかすんで、真っ黒になって、終わっていくんだ。
 そのまま…僕は死ぬのかなと思った。


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