塚上 志狼
暗い闇にぼんやりと明るい丸い物が見える。
ボクは夜中に目を覚ました。
明り取りのテツゴウシのはまった窓から明るい月が見える。今夜は満月だ。
ボクはこの暗い部屋から出たくなった。でもボクはこのクラから出られない。
お父様はいつもかぎをかけて出て行く。出て行けるはずが無い。
でも、その夜は違ったんだ。
そっとクラの戸を押すと、ぎいと音がして戸が開いた。
ボクは嬉しくなって月の下を駆け回った。
たくさん走ってから思ったんだ。お母様に会いたいなって。
ずっとずっとあってないお母様、ちょっとでもいいから会いたいな。
おやしきにはまだ明かりがついていた。
そっとボクは近づいた。
締め切った障子に二人のカゲエが映ってる。
「壮介は成功だ。あいつなら『偉大なる祖』を迎えるのに十分な器を持っている」お父様の冷たい声が聞こえる。
「志狼のときはまったく失望だったからな。壮介さえいれば、あの出来損ないなどもういらん」
「左様ですか。では…」ああ、この声知ってる。巽のおじさん。
「明日、志狼を殺すつもりだ」ボクのこと?何のお話?
「よろしいのですか、奥方様は反対のご様子でしたが?」
「出来損ないを放置するのは危険だ。成長すれば化け物に成り果てて塚上を滅ぼすだろう」
「殺してしまおう」とお父様笑う。声はとても楽しそう。
「…提案がございます。志狼様、もう少し生かしておいてはいかがでしょうか」
「何を言うのだ」
「『偉大なる祖』を壮介様に降ろす儀式には大量の妖力が必要になります。おそらく一族の者を選りすぐっても何人か贄とせねばならないでしょう。…しかし、志狼様のお力であれば、一人で十分。」
「…なるほど儀式の生贄とするか。それは使えるな。はじめてあやつが役に立ちそうだ。して、どのように?」
「わたくしめが先日作りました狗神に、突然変異の高位の式神ができまして…。力が強すぎて並大抵の者が扱える者ではございません」
「…なるほど。志狼にその狗神を封じて力を抑えるというわけか」
「ちょうど、二匹居ります。いくら志狼様と言えども、あの狗神達を抱えては、ほとんど力は使えないでしょう。おそらく、お体の方にも多分に影響が出ると思われます。何しろほとんど精力を式に吸われてしまうわけですから」
「構わん。壮介が成長するまで…儀式まで生きて居ればよいのだ。力を封印したらすぐにでも分家へ養子に出してしまえ。ふふふふ…」
「かしこまりました。あとの事はわたくしめにお任せを」
パキ
大変、小枝を踏んじゃった。
「…ん?」
「どうした。」足音が近づいてくる
がらり と障子が開かれた。
巽のおじさんが立っている。
おじさんはにっこり笑った。でもちっとも目が笑ってない。
「あれ?志狼君、出てきちゃダメじゃないか。立ち聞きはいけないぞ。…さあ、土蔵に戻ろう?…ここで聞いた事は忘れようね。」
おじさんの手がボクの額に触れる。ゆっくりと手のひらでボクの世界がふさがれていく。あの屋の中と変わらないまっくら闇だ。
ヤダナ、マタ、真ッ暗ダ。
ヤダナ。