乾 志狼(III)
「雷!」何度か目の符術を放つ。
放たれた符は奴の頭上に雲を呼び、雷を落とす。
ズドン、という音がして大地が大きく抉られる。
「はぁ…はぁ…やったか!?」音からして今度こそ直撃だったはずだ。
「まだだ!あるじ殿!!」黒羽が叫ぶ。
砂埃の向こう、人影がこちらに向かってしっかりとした足取りで歩いてくる。
砂埃は風に消え、真っ赤に裂けた口でにやりと笑う男が立っている。
「ちっちっち、甘イ甘イ。」見たところまたしても大したダメージは与えられていないようだ。
「業火!」黒羽も口から火球を放つ。しかしその炎は化け狐に当る前に逆に青白い炎に弾かれてしまう。
青白い炎は狐を囲むように蛇のように巻きついている。妖孤が得意とするという『鬼火』だ。
かれこれ30分か、攻撃こそ一方的だが、僕たちは化け狐に未だ有効な一撃を与えられずにいる。
「はぁ…はぁ…はぁ…」息が荒くなっているのが自分でも良くわかる。
「大丈夫か?あるじ殿。」黒羽が心配して声をかけてくれるがもう僕はそれに答える余裕はなくなっていた。
僕は体が非常に弱い。熱や眩暈、立ちくらみなんか当たり前。風邪をひけば肺炎になりかける。身体能力は不思議とそんなに悪くなかったが、体力は絶望的にない。当然、マラソンは見学だ。…本当に情けない。
養子に出されたのもこの貧弱な体力のせいと納得しているくらいだ。
その僕が、慣れない符術を使いながら敵と戦ってる。符術は一応、師匠さんに教えてもらったが、師匠から「お前は才能が本当にない。」とお墨付きをもらった。
他の分家の子たちならもっと高度な術だって使えるだろうに。
この本来なら塚上の者が持つはずの術の才能が無かったというのが養子に出された理由だと聞いたが、今は納得できる。…力が欲しい。
とは言え…まずい。僕の体では長時間の戦いは無理だろう。実戦の経験などほとんどない。
横にいる黒羽をちらりと見る。黒羽もだいぶ辛そうだ。舌をだらりと出し、息遣いも激しい。
「シローちゃん、わたくしを出して下さい。」白羽の声が響く。
そう、残された手は一つ。白羽を出し、三人掛かりで攻めることだけだ。
しかしこれは賭けに近い。最初から白羽を出さなかったのも、二匹同時に狗神を出すのがとんでもない負担となるからだ。
僕の力も、体も耐えられないかもしれない。だが、迷ってもいられない。
「よし…白羽を出すぞ。」決意し、右腕の包帯に左手をかける。
「あるじ殿!」不意に黒羽が声をあげる。
顔を上げると鳥居の側に居るはずのない人がいた。
いけない。何かの間違えであって欲しい。あの人だけは…
「志狼!」
「彩夏ちゃん!」
それがまずかった。化け狐は取り乱した僕と彩夏ちゃんを見て…
…ニヤリと笑った。