美咲 彩夏(IV)
石段を全力で駆け上った。
鳥居を抜けたそこに広がっていた光景は私の想像し得なかったものだった。
地面は抉られ、境内の木々は倒れ、無残に破壊された社からはぶすぶすと煙が立ち昇っている。
そして相対する二人の男。向こうに見えるのはやっぱり志狼だった。
「志狼!」わけもわからずその名を叫んだ。
「…彩夏ちゃん」志狼は何かあり得ないものを見たような顔をしている。
その時、もう一人の男が目に入った。
そいつは大きく裂けた口でニヤリと楽しそうに笑った。幼い子供が欲しかったおもちゃを見つけたような満面の笑み。
その目は私を人としてなんかちっとも見てない。私にはわかったこいつは人間じゃない。人間はこんな顔をしない。
やっぱり来てはいけなかったのかもしれない。
男の体に青白い蛇が巻きつく。蛇じゃない、炎だ。
志狼が何かを叫んでいる。でも私にはもうそれが何を言っているのか分からなかった。
蛇が、炎が私に向かって放たれる。
しろう、しろう、しろう、しろう……助けて!
私は目を瞑り何度も何度もあいつの名前を叫んだ。
青い炎の蛇がまとう熱風が私を包む!蛇はすでに目の前で私を飲み込もうとしているに違いない。
もうだめだと思った。
しかし…終わりはやってこなかった。
そっと目を開けてみる。
そこにはライオンほどもありそうな大きな黒い犬が立ち尽くしていた。
黒い犬は首だけ振り返って私を見ると、無事を確認したようにやさしい瞳で微笑み、ばたりと地面に倒れた。
それっきり、目を開けることなく、動くこともなくなってしまった。