<3>
「見っけ」
路地を曲がった先に息を弾ませてそいつが先回りしていた。
キョウを無視して神社を出ようとすると、キョウはついて来た。
だから途中でフェイントをかけて路地に入って振り切ろうとしたんだけど失敗だった。
足の速さには自信あったのに悔しい。
「ふふ、お姉さんにはこのことも予測済みよ」
おれは悔しかったけど口に出すのもまた悔しくてだまって先を歩き出す。
「ちょとちょっと……」
「……」
「ねぇ、どこいくの?」
「……」
「もう、あんなんで機嫌悪くしちゃって、ガキだなー」
「……」
「へーこんなとこ抜け道になってたんだ」
「……」
「あ、犬だ」
「……おい」
「ん、なに?」
キョウは山田さんちの茶太郎(3才)とじゃれていた。
「なんでついてくるんだよ」
「なんでって、君に用があるからよ」
「ようってなんだよ」
「ふふふ……それはね……ひ・み・つ」
「……はんっ」
「あ、今鼻で笑ったわね」
何だか知らないけど、それでもキョウはずっとついてくる。
おれは当てもなく、キョウを後ろに適当に歩き回っていた。
……でも、さすがに炎天下に散歩って言うのは……
「ねぇ、友志くーん。暑いよー。一休みしようよー」
「だらしねぇなぁ」
そういいながらも、おれも汗だくだった。
「まあ、しかたないな。おまえがやすみたいっていうならキュウケイにしてやるよ」
「じゃあ、あそこで缶ジュース買ってあげるよ」
「そ、そんなんでおれをカイジュウしようったって、そうはいかないぜ」
「懐柔なんて難しい言葉しってるんだねぇ」
キョウはうれしそうに自動販売機に硬貨を入れてサイダーを二つ買ってきた。
おれとキョウは近くの木陰で一休みすることにした。
木陰に入ると吹き抜ける生ぬるい風が気持ちいい。
サイダーの炭酸が鼻に抜けてちょっと痛かった。
しばらく、おれも今日も話さなかった。
風と炭酸のはじける音だけがしていた。
「友志くん」
キョウの高い声が辺りに響いた。
何かを決意したように重い声だった。
まるで、この時を待っていたように風が凪いだ。
「な、なんだよ」
キョウはおれの顔を覗きこんで急に真剣な顔になった。
「今日は……君に水難の相が出てる」
「スイナンのソウ?」
「水に関係するものに近づくと危ない日ってことだよ。たとえば……『川』とかね」
「かわ?」
川と言えば近所には確かになじみの川があった。
泳ぐことは無かったけど、魚やザリガニなんかをとりに水遊びはよくしていた。
「そうよ、わたしには分かるのよ。君はきっと恐い目に遭うよ。だから今日は川に行っちゃダメ」
「……はんっ」
「あ、また鼻で笑ったな?」
「ウサンクサいんだよ、キョウのはなしは」
「信じてないな。わたしの予言は当たるんだよ」
「だれがしんじるかよ」
「お願い、信じて」
キョウはおれの頬に手を当て、顔を近づけた。
「君は今日川に近づいちゃダメだよ。今日は私と一緒にあそぼ。アイストリプルでおごってやってもいいんだけどな」
まあ、おれじゃなくたって、そんな与太話いきなり聞かされて信じろって方が無理な話だったし、水に近づく名と言われても、恐がるほど、おれは水泳は苦手じゃなかった。
……それに、必死に強がって見たかったんだろうな。……若かった。
だから、キョウの警告なんて聞く気になれなくて、そんなこと言ったんだ。
「おれはそんなのしんじないし、こわくなんかないね」
おれは缶をゴミ箱に放り投げる。
それが放物線を描いて入ったのを見ると、そのまま一気に川に向かって走り出した。
「あっ!」
キョウは腕を伸ばしたがおれのシャツの裾には届かなかった。
後になって、キョウの『予言』が正真正銘の本物だったことが分かったわけだけど……その時にはもう遅かったわけで。
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