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「はぁ……はぁ……」

わたしは懸命に走る。

友志くんを見失ってから一時間が経とうとしている。

この川で事故が起こったことは知ってるけど、その正確な位置までは分からない。

思い出せ、どこだ。どこで事故は起こった――?

「――過去を変えたいとは思わない?」

その一言がきっかけだった。

いきなりのことですぐには理解できなかったけど、どこからみてもちゃんとした淑女にしか見えない老齢の婦人は真剣な目をしていた。

過去を変えるとか馬鹿げた話とわらえそうだったけど、その時不思議とわたしはそれが冗談とは考えなかった。

「はい」

「……よろしくてよ。でも、いくつか注意することがあるの」

ご婦人はわたしの返事を聞いてにこりと笑うと、過去に送るときのいくつかの条件を説明してくれた。

「一つ、私が送る過去はその事件が起こる前から数時間だけよ。事件が終われば現代に引き戻されるわ。
 二つ目、誰と会っても自分の名前を教えてはいけないわ。偽名か何かなら大丈夫だけど、教えなくても、相手が分かってしまったら同じことだからね。これは時の管理者に過去を変えようとしていることをばれないようにするためよ。あの人たちは名前には敏感で、すぐに見つかって送り帰されてしまうからね。
 三つ目、あなたにこれを渡しておくわ」

ご婦人が手渡したのは綺麗な蒼い蝶の髪飾りだった。

「これは……」

「過去を変えるっていうのは膨大な力が必要なの。そのための道具ね。身に付けてもらえば大丈夫よ。変えてしまえばこっちのものだから。チャンスは一回きりだから気を付けてね」

「はい……」

「そして最後に四つ目。私としてもただであなたを助けるわけにはいかないのよ。これは私との契約なのだから。……過去に送る代償としてあなたのその綺麗な髪をいただくわ……」



「見つけた!」

増水した濁った川の上を麦藁帽子が滑って行く。

その横に黒い頭が二つ浮き沈みしているのが見えた。

すぐに川に飛び込んだ。

冷たい水がまとわりつき、体を押し流そうとする。

わたしは水を大きく掻き分けて進む。

水泳には自信があった。

幼いころから、泳げるようになりたかった。

……もう二度と溺れないようにって。

「友志くん!」

必死に右手を伸ばす。

友志くんも右手で女の子を抱えながら、左手を伸ばす。

「キョウ!」

触れそうで触れることができない手。

あともう少しなのに……

友志くんが沈みかける。もう子供の体力じゃ限界なんだと悟った。

「友志くん!」

伸ばした手……届いてと祈る。

手と手が触れる。

わたしは握り締め、二人を抱きしめた。

救いたかった。

わたしは先輩の目と引き換えに命を得た。

それを知ってしまったから……

今度はわたしが先輩を救う番なんだ。

最後の力を込めて岸を目指す。

岸でおじさんがロープを投げているのが見えた。

それをつかもうとして……

そこでわたしの意識は途絶えた。

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